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ひるねこの居眠り

Hey!Say!JUMPと伊野尾慧…時々家族への愛を綴ります。

アラフォージャニーズ座談会からHey!Say!JUMPの未来を想う

 今回の記事は、思いのほか長くなってしまったので…見出しをつけてみたよ。お時間が許せば、全文読んでくだされば嬉しいし、時間のない方は興味のあるところだけ、さらっと読んでいってくださいな笑。(←でもいつか、全部読んでね〜笑)

 

 ラフォージャニーズ座談会!

  国分太一くんが出演しているTBSの朝の情報番組『ビビット』…出勤の遅い日は『めざましテレビ』を後にチャンネルを変えて『ビビット』に流れるのがひるねこの日課である。

  そのビビット7/26日の放送回に『アラフォージャニーズ座談会‼︎㊙︎エピソード大告白』というコーナーがあった。TOKIO城島茂さん、山口達也くん、国分太一くん、V6の坂本昌行くん、長野博くんの5人が集まって、ジャニーズとして過ごした自分たちについて、それこそ赤裸々に語っていた。番組の内容はYouTubeにアップされているので、興味のある方は検索してみてください。

 

まずね、5人の関係性は…

年齢→城島(47歳)、坂本(46歳)、山口(45歳)、長野(45歳)、国分(43歳)…※山口くんは早生まれなので、坂本くんと同学年

入所年→長野、城島(1986年)、坂本、山口、国分(1988年)

デビュー→TOKIO(1994年)、V6(1995年)

  おぉ、彼らが入所した頃、Hey!Say!JUMPのメンバーはだれも生まれていないんだね!『TOKIOカケル』にJUMPメンバーがゲスト出演した時に誰かが言っていたっけ…『JUMPメンバーはまだタンパク質にもなっていない』って。この2つのグループにSMAPを加えて…まさにひるねこと同世代だ。

 

 平家派ってご存知?

  そして、この5人は一時同じグループだった。『平家派』という名前で、光GENJIのバックダンサーをやっていたそうだ。知らなかったな〜!

  当時は延べ30人以上が参加していたそうだが、2008年にNHK少年倶楽部プレミアム』で、この5人+井ノ原快彦くん(V6) の6人で再結成している。大人の平家派もいい!(←youtubeでどうぞ笑)

  さらに、この平家派にかつて、反町隆史さんも本名の『野口隆史』で参加していたそうだ。あぁ、ジャニーズの歴史は奥深い!知らないことだらけだ笑。

  で、その平家派は当時、雑誌組や踊り組、(←さらにテレビ用やコンサート用などいろいろな編成があったらしい…)に分かれていて、長野くんは踊り組、今回出演の他の4人は雑誌組だった。雑誌組はビジュアル重視?踊り組はダンス重視ってこと?

  なるほど、V6兄さんたち特にトニセンは長野くんだけでなく、しっかり歌えて踊れる印象だ。ジュニア時代にしっかり鍛えられていたんだね。

 

ジャニーズに入ったきっかけ

  番組では、5人のジャニーズ入りのきっかけも言及している。

 長野くん、坂本くん、山口くん、国分くんは、履歴書を送ってオーディンを受けるというスタンダードタイプ。

  城島リーダーは、大阪で1人でジャニーさんからステーキをご馳走になりながら、面接をうけたそうだ。ジャニーさんから名刺をもらい『なんかあったら、連絡ちょうだい』と言われた。

『名刺?』『ジャニーさん、名刺あんの?』とざわめく他の4人。プレスしたような竹の皮の名刺をお持ちだったそうだ笑。

  ちなみに…嵐の松本潤くんは、履歴書は送ったものの、オーディンなしでジャニーズ入りした。履歴書の出来がよほどよかったの?いやいや、それもあるだろいけれど、松潤は持っているんだよ、運を…。

  東山紀之さん(少年隊)は渋谷のスクランブル交差点で車に乗っていたジャニーさんの目にとまり、直接スカウトされた。それもスゴい偶然だよね。運命を感じる!

  HiHi Jetの猪狩蒼弥くんは、ローラースケート場でジャニーさんからスカウトされたそうだ。この子…少し前に雑誌で見たときには『ん???』て感じだったんだけど、今はスゴく精悍になっていてとてもカッコいい。切れ長の目元と、端正な横顔が素敵!さすがジャニーさんだ。カッコよくなる子ってわかるんだね!

 

魅惑のジャニーズ合宿所

  番組ではジャニーズ事務所の合宿所についても触れていた。古き良き時代…ジャニーズの若いアイドル達は親元を離れて、合宿所で生活していた。そこで、礼儀作法や心の在り方など、いろいろなことを学んだんだろうね。

  ビリヤード台や、コンピュータゲーム(昔、あちこちの喫茶店に完備されていた、インベーダーゲームみたいなヤツかな笑?)日焼けマシンまで完備されていたとか…!

  国分くんが嬉しそうに『カルピス飲み放題だった…』って言っていたのが印象的だ。城島リーダーは『水が美味しかった!』あぁ20年も前だもんね。水をかったり、浄水器ごしの水を飲んだりすることがまだ、少なかった時代だよ。

 

ジュニアに派閥? 

  当時ジュニアには派閥があり、城島リーダーと坂本くんは仲が悪かったらしい笑。達也くん曰く『坂本が一方的にリーダーを嫌いだった』そうだ笑。

山口『レッスン場であまりしゃべんないし…』

城島『自分自身があまりレッスンをしなかったんで…取材くらいしかなかったの、仕事が。だからあんまりダンスチームと接点がなかったんだなぁ』

  若い頃の坂本くんてかなりとんがっていたんだろうなぁ。スタジオの背景に貼られたジュニア時代の写真はちょっとヤンキーっぽい笑。『バタフライナイフ』という異名をお持ちだったとか…笑…なんかわかる。

 

ジュニア時代の葛藤

  今も昔も、ジュニア達の葛藤は同じだ。仕事に呼ばれたり、呼ばれなかったり…毎日必死で過ごす日々なんだね。

坂本『挫折の連続だった。誰かがジュニアで雑誌とかテレビの仕事とか出ていたら、もう腐ってたもんね。あぁ、もう呼ばれないんだ。あぁ、もう終わったって…』

国分『とにかく何かあると"終わった"って、俺らずっと言ってたもんね〜』

  今のジュニアだって、そういう葛藤は同じだ。でも、この頃のジュニアたちは合宿所で毎日顔を付き合わせていたから、今よりも、もっとキツかっただろうな。テレビの仕事から帰ってきた仲間をどんな顔で迎えたんだろう?

  Hey!Say!JUMP伊野尾慧くんも『メレンゲの気持ち』(←薮宏太くんのゲスト回)で『しばらく仕事に呼ばれない時期があった』『家でミュージックステーションをつけたら薮が踊っていた』『俺はダメだったのかな〜って思ってた』なんて話していたけれど、合宿所がない時代でよかったよ笑。

  薮ちゃんといのちゃんが合宿所で生活していたら…もっと、ライバル心が激しかったと思うなぁ。

 

トニセンは苦労人?

国分『長野くんはスゴい体験をしている。後輩が先にデビューしたりとか、後輩のバックで踊ったりとか…モチベーションとしてはどうだったの?』

長野『やるしかないなって感覚だった』

国分『誰のバックについていたの?』

長野『KinKi Kidsとか…』

国分『それを坂本くんは見てたんだよね?』

坂本『うん、なんとも複雑な気持ちよ。実際踊っているし、羨ましいのと…お前ホントにそこでいいのかって思っちゃう』

  KinKi Kidsの入所は1991年。長野くんの5年も後だ。年齢差は7歳!うん、これは…坂本くんの気持ちもわかるよ。あきらかに世代の違う後輩に先にデビューされて、そのバックで踊るなんて…。この頃の苦労が、今の長野くんのどこか達観して周りを見ているようなオトナな雰囲気を作り出しているのかもしれない。

  そして、坂本くんと長野くんはしばらくジャニーズから離れていた時代もあったそうが…この辺は以前書いた記事とかぶる部分もあるので省略するね。↓↓↓

www.hiruneko.info

 

デビュー後…V6の場合

  で、先ほども書いたように、TOKIOは1994年、V6は翌年1995年に晴れてデビューするわけだが…どうも、デビューしたら安泰…というわけでもないんだね。

坂本『V6は年齢差がジャニーズ事務所のグループの中でも一番差があるので…』

なるほど!最年長の坂本くんと最年少の岡田准一くんの年齢差は10歳だそうだ。しかも、デビュー当時はカミセンの方が断然人気があったんだよね。ジュニアのトップだった剛健コンビ(森田剛くん、三宅健くん)はもちろん、人気番組『たけしの元気が出るテレビ』の企画から出てきた岡田くんも、話題性があったはずだ。対して、トニセンの上2人はジャニーズからフェードアウトしていたわけだし…。

坂本『歳が離れすぎていると、ケンカができない。言い合う事ができない。だからケンカが出来なかった分だけ、下のカミセンはいろんな思いをためるしかなかった。それがどっかで出た時に歪みが生まれ始めて、会話もままならない』

国分『それでV6は解散しそうになった?』

坂本『解散て言葉はね、ちゃんとはでないけど、どっかしらでみんなが、よぎってたんじゃない?もしかしたら…みたいな。だれも言葉に出す勇気はなかったけれど…』

  なるほどね〜!デビュー当時、岡田くん14歳、坂本くんは24歳。その差10歳。しかもトニセンは3人とも経験豊富だ。対して岡田くんにはジュニア歴がない。これは辛いね。

  Hey!Say!JUMPでも、なんとなく同じような構図があったよね。経験豊富な薮くんと光くんが、若くて人気のある7ちゃんたちを支える。光くんがトンチンカン(←今でいう八乙女ポイント)な事を言っても、7ちゃんはその場では何も言えなかった。光くんに突っ込めるようになったのは、つい最近だとも言っていた。

  V6ほど年齢差がないことと、光くんが、ツッコミどころ満載な人だったことが、JUMPの救いだったのかもしれない。

 

TOKIOの場合

国分『うちもありましたよね。あんまり話さない時期があったりして…ギクシャク…じゃないんだけどね』

山口『普通には仲いいんだよ。仲いいんだけど、なんか、活動するにあたってとか…』

国分『まぁ、音楽の仕事に関して話さなくなったという時期があって、他のバラエティー番組では話すことはあるんだけど、一番大切にしなきゃいけない音楽に関しては、遠慮がちになったりして…あいつに任せとけばいいんじゃないかなとか…話さなくなってきた時に、ちょっと、変な空気流れましたね』

  やっぱり会話って大事だな。最年少長瀬智也くんと最年長の城島リーダーとの年齢差は8歳。しかも、ジュニアで人気があった長瀬くんはTOKIOの初期メンバーではなく、時折参加する感じだったらしい。

  今でもメンバーに敬語で話す長瀬くん…少しだけ、メンバーとの溝があったのかもしれないね。

国分『誰かが解散て言う前に、一回5人で集まろうってなって…。改めて腹割って話したわけですよ。そうすると、みんな話してないからあいつがそんな風に思ってたのかとか、そんな気持ちだったんだって、始めて気づくわけですよ。それでなんか、話すって大事なんだと思ったよね〜』

山口『なんで言ってくれなかったの…とかね』

国分『スゴく良い会で…俺なんかたぶん泣いたと思う。感極まって…。それが、デビュー10周年を越えてから、そういうことが起きているから…。それで、ステージ1個上がったような気がするよね〜』

  あ、これ『TOKIOカケル』にJUMPメンバーがお邪魔したときに話していたやつかな?

  …それにしても、『デビュー10周年を越えてから』っていうのが気になった。少しギクシャクしながら『鉄腕DASH』やってたのね…。プロだわぁ!

  昔からTOKIOの曲は大好きだったけれど、今もますます良い曲を発表し続けているのは、その話し合い以降、メンバーが自分たちで曲をすべて作ろうと決めたからなんだろうな。『ステージが1つ上がった』って、よくわかる。

 

Hey!Say!JUMPはどうだろう?

  こうしてみると…Hey!Say!JUMPは恵まれている…と思う。9人という大所帯なのに、仲良く10周年を迎えられた。いろんな葛藤があるのはどのグループも同じで、分裂したり離脱したりしまうメンバーがいたりすることもある。

  TOKIOがホントの意味で結束したグループになったのは、10周年を越えてからだというから、まだまだHey!Say!JUMPにもいろんなことがあるかもしれない。でも、きっと乗り越えていかれるはずだ。根拠はある!

 

Hey!Say!JUMPのセンター、山田涼介は調子に乗らない

  まずね、JUMPのセンターがとてもちゃんとしている子だから…。雄也が今回の一万字インタビューで言っているよ。『山田が調子に乗らないからグループがちゃんとしてる』って。…雄也って、すごいよね。お勉強はできないけれど(←失礼…)モノの本質をズバッと見ている。

  うちのセンター、山田涼介がホントに気の配れる、しかも真面目で、ちゃんと努力する子だから、メンバーから不満が出ないんだよ。みんな、山ちゃんになら任せられるんだ。

 

BEST兄さんが優しい

  それから…BEST兄さんが優しい。

  『JUMPing CARnival』のライブDVDで、7が『ただ前へ』を歌った後、背景の映像で7の後ろにBESTが入っていくところ。発売当時に見たときに『Hey!Say!JUMPっていいグループだなぁ』と思ったものだけれど、何度見直しても同じ感想を持つ。7とBESTとそれぞれ個性が違うのだけれど、お互いに尊重している。

  『俺らの方が出来る子だぜ』なんてちょっと思ってるような節のある7ちゃんをBEST兄さんたちが『まあな〜そうかもなぁ』なんてのんびりとした雰囲気で見守っている感じが良い。余裕があるんだよね。

  7ちゃんたちも、このお兄ちゃんたち相手に反発する気なんて起きないよね。4人とも、『いたジャン』のロケなどで、BEST兄さんと一緒になると、なんだか甘えているように見えて可愛い笑。

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真ん中っ子の有岡大貴がスゴい

  Hey!Say!JUMPの五男坊、真ん中っ子の有岡大貴くん…大ちゃんのコミュニケーション能力の高さがメンバー間の人間関係を円滑にしているのだと思う。

  『ベイジャン』で見せるMCを回す能力の高さがすごい。それに『メイキング』で不意に始まるいのちゃん発信の小芝居に即座に合わせることのできる状況判断力の高さ…。大ちゃんは周りを実によく見ている人だと思う。

  そして、天性の人懐っこさでどんどん人の懐に入っていく。『大ちゃんになら話してみようかな…』と悩みを打ち明けるメンバーも多いんじゃないかな。

  再び雄也の1万字インタビューから引用すると…大ちゃんに対して『ずっと俺の中では、年下なのにお兄さん的存在なんだよね。いっしょにいて安心する人。いっしょだと、絶対にまちがいはないっていうくらい信頼してるよ、俺』…年上のメンバーにここまで言わせる大ちゃんはやっぱりスゴイ。

  このスーパーな真ん中っ子がBESTと7をしっかり繋いでくれているんだね。

 

結論!JUMPは大丈夫!

  デビューから10年。いろんな危機を乗り越えてきたHey!Say!JUMP。これからも、危機はあるのだろう。でも、そのたびに誰かが誰かを助けて…誰かが誰かを支えて…きっとうまく乗り越えてくれると思う。

  かつて最年少の森本龍太郎くんを失ったときには、メンバーみんなが辛かったと思う。当時のことは知らないが、ネットを調べるとファンの悲しみも、かなりのものだったんだね。

  龍ちゃんが謹慎に入って最初のJUMPaperに、雄也は『一度仲間になったらずっと仲間だ』と書いた。いのちゃんのJUMPaperでは、各行の最初の文字を下から縦に読むと『もりもと‼︎ はやクかエってこいよ』になる文章を載せている。

  当時、直接龍ちゃんに連絡できない事情があったのか、ファンの気持ちを考慮してJUMPaperに載せたのかわからないが…メンバーが龍ちゃんを気遣っていたのは確かだろう。

  もう二度と、そんな気持ちを味わうことのないように、メンバーがお互いにお互いの危機を救ってくれるはずだ。

  2017年バージョンの『Viva! 9's SOUL』の歌詞にもある。

『50年先でも僕らは一緒だ』

『100年先だって乗り越えられる』

…ひるねこもぜひ、JUMPの未来を見届けたい…寿命がつきるまでね笑。